それでも恋するバルセロナ(映画みました)
いろんな見方があると思うけど、男がバカなら女もバカだ。というのが私の結論(いきなり。)
その場の雰囲気や空気、その人のもつ芸術性やセクシーさがどうであれ、そこに自己陶酔してしまった人たちの痴話話。景色や音楽、場面ごとの言葉の響きなどのパーツパーツは確かにいいけど、こんな恋にあこがれるなんてよっぽど夢見がちか、自分を見失っているか、自分を過大評価しているとしか思えない。
☆☆☆ 今まで生きてきて、いろんな人たちに出会ってきたけど、芸術家だったり社会で名前をあげている人のオーラに負けて、人生の選択を誤る人たちが多いなって思ってきた。本当の成功者ってそんな人たちじゃないってことも、その当時に体も心も預けた若い女性には分かっていない。そして、当の「成功者」「冒険者」「芸術家」もそこを突き詰めようとしていない。彼らの生き方はあこがれるものもあるから、まあ、惹かれてしまうのは避けられないかもしれない。しかし、当の本人が実はバカというか、シンプルで大事なものを大事にしているように見せかけて、極めていないから、奥さんがいるのに若い女と関係をもったりしてしまう。当然、口説かれている女は、自分が大事にされていると思って気分がいいから、相手の奥さんの心のピースを自分が壊す勇気すらないままに、いい気になって口説かれる。男も自分の信念や夢を語っているんだろうけど、結局は、大事な奥さんや子供の心のピースを壊していないと勝手に正当化して、都合のいいシナリオで生き続ける。とんでもない話だと思うが、実はよくある話だ。
女は女で、その男性のカリスマ性や芸術性、はたまた少年っぽさなどにすっかり陶酔してしまい、自分がその人の未来にかかわっていけるなどととんでもない誤解をおかす。だまされているのは自分で、自分もその向こうにいる人たちを堂々と傷つけていることを知らないし、感じられない。まさに、恋は盲目っていうのはこのこと。体は大人、頭は都合のいいセオリーをつなぎ合わせてシナリオをつくれるだけは発達して、もっとも大切な心が育っていない。その上、育っていると思いこんでいる現状が、それに拍車をかける。
甘い言葉や褒め言葉、自分だけのための特別や、はたまた美味しい食事。自分に妻や子どもがいる男に限って言えば、隠すこともなくそれをだしに使って、「妻と同じもの」「最愛の子どもと同じもの」をあげたりして、特別さを伝えてその気にさせようとする。そして、思惑どおりその気になる。そして、客にもファンにも、性の対象にもなる。こんなビジネスは本当に吐き気がする。待っている子どもの小さな心の中のピース(平和、安らぎ、かけら)を粉々にする勇気も認識もないアホな大人の自分勝手な「恋」のために、繰り広げられるストーリーや、ドキドキなんて、本当に大事なものではない。もっと、質素でシンプルなもの、もっと守ってあげなければならないものがきっとあるはず。
でも、まあ、そんな話は、きっとクスが見てきただけの世界ではないはず。年を重ねればそういった出会いもあるだろうし、自分がはまってしまったケース、今だに美化し続けているケースもあるはず。
だから、クスとしては、人の成功した話やがんばっている話には、評価しながらも、男や女、または大人の人間としてはどうだろうかという別の視点ももって、そんな人たちには接したり、話をきいていたりする。だらしない奴、多いよ。(自分のこと棚に上げて、いやな奴でしょ?)
北海道にきてずいぶんと経つ。札幌という巨大地方都市といえども、ミーハーな人が多い。きっと、今まで出会ってきた人たちや、今、交流している人たちの中にもそんな女性もいるはず。
北海道に来て9年、そんな気がしている。
◎同じような内容の繰り返しや羅列が多い、雑な文でごめんなさーい。◎
追記:プロフィールの写真、変えました。カフェ北地蔵で撮ってもらいました♪
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まずは、アンティパスト。鶏白レバーペーストのクロスティーニ~トスカーナ風。
さてさて、テーブルの上にはチーズの盛り合わせ。
パスタは2種類。
ほどよく、ほてってその日の食事は終わりました。いろんな感覚を、さまざまな角度から刺激されて、とてもいい時間を過ごせました。
札幌の中島公園でボートに乗りました。何が好きかって、ボート漕ぐのが好き。全身使って動くのって大好き。ほんとに筋肉バカです。


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